米空軍の無人宇宙機が挑む「宇宙太陽光発電」の実験、その野心的なプロジェクトが秘めた途方もない可能性 – MICRO SOLAR ENERGY
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米空軍の無人宇宙機が挑む「宇宙太陽光発電」の実験、その野心的なプロジェクトが秘めた途方もない可能性

米空軍の無人宇宙機が挑む「宇宙太陽光発電」の

https://wired.jp/2020/05/15/a-secret-space-plane-is-carrying-a-solar-experiment-to-orbit/

宇宙を自律飛行する米軍の無人機が、地球低軌道での長期ミッションに向けて5月16日(米国時間)に打ち上げられる。米軍が実施する極秘ミッションの数々のなかで注目されているのは、小型のソーラーパネルを利用した宇宙太陽光発電の実験だ。

米空軍は地球低軌道での長期ミッションへ向け、秘密に包まれた無人宇宙機「X-37B」を5月16日(米国時間)に打ち上げる。スペースシャトルの小型版を思わせるこの無人宇宙機は、過去10年のうち8年近くを宇宙で過ごし、軍のために極秘実験を行っていた。X-37Bの宇宙での活動内容はほとんど明らかにされていないが、米空軍は6度目の打ち上げに先立ち、その積荷に関して貴重な情報を公表した。

X-37Bには機密性の高い通常の軍事技術が使用されているが、今回のミッションでは、いくつかの非機密扱いの実験が行われる。米航空宇宙局(NASA)は、放射線の種子に対する影響を調査するための2つの実験を予定しており、米空軍士官学校はスペースプレーンを用いて小型の研究用衛星を打ち上げる。

だが、最も注目されているものは、米海軍調査研究所(NRL)の物理学者が開発した小型のソーラーパネルだ。このパネルを利用した宇宙太陽光発電の実験が、軌道上で初めて実施されることになる。

「これは大きな前進です」と、NRLの電子工学エンジニアでプロジェクトの主任研究者のポール・ジャッフェは語る。「宇宙太陽光発電システム向けの機材の試験を軌道上で行うのは、今回が初めてです」

アシモフが構想したアイデア

宇宙太陽光発電は、天候や時刻に左右されず太陽光エネルギーを地上に送り届けられる技術だ。太陽光エネルギーをマイクロ波に変換し、地上施設に照射するというのが基本的な仕組みになる。

地上に設置されるソーラーパネルとは異なり、十分に高い高度を周回すれば、人工衛星が地球の影に隠れるのは1日あたりわずか数分である。このエネルギーを利用できれば、地球上のあらゆる場所にいる人々に無尽蔵の電力源をもたらすことができる。

この技術はSF作家のアイザック・アシモフが1940年代に構想したアイデアだ。それ以来、マイクロ波による電力伝送の地上実験が実施され、何度も成功を収めてきた。今回のX-37Bを使った実験では、マイクロ波太陽光発電の中核技術に関する試験が、初めて軌道上で実施される。

「マイクロ波電力伝送の技術に関する知識は十分に得られています。既存の技術を軌道上でこれまでになかったサイズに小型化するという技術的課題の解決を進めていなかければなりません」と、International Electricのディレクターのイアン・キャッシュは言う。同社は「CASSIOPeiA」と呼ばれる宇宙太陽光発電プラットフォームの開発を手がけている。「それでも、どのようなチャレンジにも最初の一歩が必要なのです」

サンドイッチ状のモジュールが宇宙へ

NRLのジャッフェが同僚とともに立ち上げた今回の実験は、サンドイッチ式のモジュールと呼ばれる装置が対象である。太陽光を電力に変換し、その電力をマイクロ波に変換する3段階からなるシステムだ。

通常この変換システムは、高性能なソーラーパネルと電力伝送用のアンテナでサンドイッチ状に挟まれている。だが今回のミッションでは、ジャッフェとその同僚は宇宙から地球への電力伝送は行わない。電波を照射するとスペースプレーンの別の実験と干渉してしまうからだ。代わりにNRLの研究者はサンドイッチモジュールにケーブルを通じて電波信号を送らせ、システムからの送出電力を調査する。

NRLの実験機材はピザの箱にすっぽりと収まり、電球が光らないほど発電電力は小さい。だが、この実験は宇宙太陽光発電用の自由飛行型人工衛星の実現に向けた重要なステップであると、ジャッフェは言う。

「研究と分析は盛んに実施されてきましたが、実際のプロトタイプの構築に向けた取り組みは不足していました」と、ジャッフェは語る。「これより洗練されたものをつくれないことはなかったのですが、主な目的はあくまで宇宙で概念実証を行うことでした」

解決しなければならない根本的な問題

ジャッフェはNRLで10年以上にわたって宇宙太陽光発電に取り組み、2014年にはサンドイッチモジュールのプロトタイプを初めて発表している。このプロトタイプは、宇宙太陽光発電の研究の足かせとなっていた数多くの課題を解決できる設計になっていた。

宇宙太陽光発電の最も大きな問題のひとつは、地上での用途に十分な太陽光を集めるため、軌道上のソーラーパネルを大型化しなければならないという点だった。原理上そのような構造物をつくれるとしても、打ち上げは非常に困難で、多大なコストがかかる。

「完成品のシステムを打ち上げるにはサイズと重量が大きすぎます」と、NRLの電子工学エンジニアで、今回の実験のプログラムマネージャーを務めるクリス・デプーマは言う。「サンドイッチモジュールは、質量を減らし、軌道上で組み立てられるようにシステムをモジュール化するための手段のひとつなのです」

だが、ロボットが宇宙に巨大な太陽光発電所をつくり始める前に、パネル自体に解決しなければならない根本的な問題がいくつもある。

ジャッフェによると、熱の管理が最も大きな課題であるという。宇宙では、太陽の方向を向くソーラーパネルの温度は最大で約149℃まで上昇することがある一方で、太陽の反対側を向く電子機器は絶対零度より数度高い温度で動作しなければならない。

ソーラーパネルとその他の電子機器は互いにわずか数インチしか離れていない。このためジャッフェと同僚たちは、この温度差に対処する方法を見出さなければならなかった。

ジャッフェによると、低温での動作に適した電子機器からソーラーパネルを分離するため、主に素材を交換したり、モジュールの部品を再設計したりする必要があったのだという。今回のX-37Bのミッションでは、宇宙での実績があるこのサンドイッチモジュールの真価が問われる。

次のステップは軌道上から地球への電力伝送

秘密に包まれた米空軍のスペースプレーンで実験を行うには、いくつかの妥協が必要だ。この種の実験を人工衛星で実施する場合、ほぼ常に太陽光が当たる軌道に滞在することになる。ところが、X-37Bは地球低軌道を飛行するため、およそ90分に一度は地球の影を通ることになる。

それでもなお、スペースプレーンを使った実験には、このトレードオフに見合うメリットがあるのだと、デプーマは言う。「推進システムやその他の人工衛星の装置の設計に時間をかけるのではなく、実験に注力する必要があります。スペースプレーンは、わたしたちのデータを収集して定期的に送信するだけなのです」

ジャッフェによると、すべてがうまくいった場合、次のステップでは試験的な宇宙太陽光発電衛星を開発し、実際に軌道上から地球へ向けて電力の伝送を行うことになるという。そのためには、時間と資金に見合った取り組みであることを米国防総省に納得してもらう必要があると、ジャッフェは認める。

とはいえ、軍が興味をもっていることは明らだ。米空軍研究所は去年の10月、太陽光発電衛星のハードウェアを開発する1億ドル規模のプログラムを発表している。

最も安価で持続的なカーボンフリー電力になるか

宇宙太陽光発電は、はじめのうちは着陸の必要がないドローンや、遠隔地の軍事基地への24時間の電力供給など、特殊な目的に使われるとジャッフェはみている。一方で、International Electricのキャッシュは、この技術はより大きな可能性を秘めているのではないかと考えている。

「宇宙太陽光発電は、地球上の既存の再生可能エネルギーを拡張する上で最も大きな課題である、電力貯蔵の問題を解決します。再利用可能な宇宙船によって打ち上げコストが大幅に下がったことで、宇宙太陽光発電が最も安価で持続的なカーボンフリー電力になる可能性は十分にあります」

ジャッフェは、宇宙太陽光発電のコンセプトをGPSになぞらえるのが好きだ。原子時計を搭載した人工衛星のネットワークが現代社会で必要不可欠になるだろうと数十年前の人に話せば、気が狂ったと思われるだろう。しかし現在、GPSはライドシェアサーヴィスから核弾頭まで、ありとあらゆるナヴィゲーションで利用されている。

実際にGPSを使った最も独創的な用途は、GPS衛星が初めて打ち上げられたころには想像すらできなかったものだ。ジャッフェは、将来的には宇宙太陽光発電もそれと同じようになるのではないかと考えている。

ソーラーエネルギーを宇宙から地上に伝送すると聞くと、予算がかかり、難解で、ほぼ不可能に思える。だが、それは実現するまでの話なのだ。